Harley-Davidson Jyuku
晴旅人尊塾
旅人はお天道様を敬い尊び、晴れた日を最高!と歓喜し雄たけびをあげる
クリックで20歳の頃が・・・・その変貌振りを!
1997・11.22
平成9年11月22日〜会報106号掲載
私が24歳の時、父が亡くなり、商売をこれから一人で続けなければならない。しかしそれを思うとどこか、不安!でした。そんな時、弟の真二が東京で寿司職人で頑張っていたのですが「兄貴と一緒に親父の残した仕事を手伝う」と言う事で帰って来てくれました。その弟が、何の前触れもなくすご〜くでかいオートバイを買って来たのです。
それは昭和43年の事で、それは私が生まれて初めて見るバイク「陸王」でした。そのバイクを見てから目覚めてしまい、陸王に嵌まり、バイク雑誌の売買欄に売りが出ていると買いあさり、5〜6台乗り継いだのでした。
2人で出かけたある時のツーリング先の出来事、ハーレーに「あっ」と言う間に追い越され、それ以来ハーレーは憧れの的でした。
そんな「憧れを抱いて」いる時、栃木の大田原市でハーレーを売る!という人がいて、朝早く、弟とお店の金「50万円」かき集めて買って来てしまいました。
しかし、この頃はハーレーについて「無知」なため、しろものをつかまされたのです。年式不明、ボディの後のほうが「メグロ」の「合成車」で、今で言うなら「2個いち」の造型物のようなものでした。
それからと言うもの二人でハーレーの新車を!と言う事で、家内にも相談しハーレー預金を始めました。70万円程度、貯まった頃、1ドル360円の固定為替から、変動制に変り、これはチャンスと二人で村山モータースに行って「憧れのハーレー」を手に入れたのです。“72年式FLH1200で、当時138万円でしたので、残金は銀行から借り入れて、月々の返済でした。
乗ってみて解かった事ですが「ハーレーと陸王」では、スーパーカブと250tバイクくらいの差がありました。その後、弟もハーレーを購入し、二人で「東京ハーレー会」に入会し、毎年、日本各地をツーリングしました。
25年間には色々な事があり、弟の友人が「ハンドチェンジ」で、私もそれをしたくて、アメリカから部品を取り寄せて、自分で組み付けたり、そして色々なアクセサリーを付けたり外したりして楽しみましたが、結局、ノーマルの今のスタイルに落ち着きました。
長く乗って分る事ですが、ノーマルなシンプルが一番!とにかく1972年製のショベルエンジンが気に入っています。体力が続く限り、乗りますの倶楽部の皆さん、よろしくお願い致します。
塾長コメント
1972年の1200tFLHは現在でも健全で、高速道路も恐れる事無く「ヘノカッパ」と、私自身、壊れず、しっかりと最近のツインカムに着いて来ます。これは「驚き」で、ロングツーリングも安心です。しかし、無線機は早く装着してね。
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